松浦亜弥までの道のり10

亜弥さんの運転免許の話はどうなったのでしょうか?あまり話題になってませんね。どんな車に乗るのかな。
写真は高中正義さんのアルバムですが、当時、ナンパ成功率100%といわれた赤いファミリアのCMソングが収録されています。
ちょうどディスコが新宿から六本木へと移りサーファーファッション全盛期のころであります。YAZAWAだCOOLSだとロックンロールしてますと時代に取り残されてしまいますのでフュージョンとかブラックコンテンポラリーとか聴き始めたころです。
高校の同級生がパンチパーマからおかっぱ頭に変わったのには笑えました。剃り込みをちゃんと隠してました。N君のケツ上げのローレルSGXが赤いファミリアになり、E君はシャコタンのバイオレットの屋根にサーフキャリアを付けちゃいました。髪の毛は下ろしてますが毛先がチリチリです。セブンスターをやめてメンソールのタバコを吸ってました。
新宿で連敗続きで六本木にて敗者復活戦に挑んだわけですが、どんなファッションをしようと、モテル奴はモテル、モテナイ奴はモテナイのです。

専門学校に通っていたT君は慶応大学の訳のわからないサークルの名刺を持っていました。六本木ではお金持ちのバリバリのサーファーの慶大生だったのです。(お金持ちだけは事実でした)
こちらが恥ずかしくなるような武勇伝をしょっちゅう聞かされとてもうらやましく思ってマシタ。
ちょうど今頃の季節だったでしょうか、「ディスコを借り切ってパーティやろう!儲かるし、モテル!」とナンパの神様T君の誘いに乗り、T君以下4名主催の【慶大○○部ダンスパーティ】を新装の【Magic】というディスコで開催することになりました。
3時間50万で借り、5000円のパー券が300枚売れるという皮算用でした。「おお!確かに儲かる!しかも主催者だからな、確実にモテル!」気の早いE君などはすでに興奮状態で早々と祝杯をあげ、その日を迎えました。(つづく)