同級生 最終話

敏子に対して特別な感情は無かったはずなのに手紙を何度か読み返しているうちに自然と涙が溢れてきた。
何か大切なものが、大事にしていたものが消えてしまうような切ない気持ち。
冷めたココアを飲み干し、とりあえずチョコレートのお礼が言いたくて店のカウンターのピンク電話の前に立った。
受話器を取ろうとした瞬間、カウンターの奥から、
「あっはーっはっはっ!泣いてんの!バーカ!ジョークだよジョーク。」
敏子が大声で笑いながら登場。しかも赤ら顔で酒臭い。
「マスター、コレどうゆう事?だましたの?」
マスターは両手を合わせてゴメンのポーズ。
「マスター、敏子に酒飲ませて、俺を騙して、なんだよ、いい大人のすることかよ!」
マスターに詰め寄った。
「だからジョークって言ってんだろ!日本語で冗談だよ!オマエがいつも言ってるセリフ。怒るなよ、つまんねぇ奴だな。」と、敏子がバカにした口調で言った。


物心ついた時から母親にずっと言われ続けた教えがあります。
「いいかい、ダック、女の子に手を上げちゃいけないよ。約束だよ。たとえどんなワケがあろうと女の子に暴力を振るったらウチの子じゃないからね。」
おかあさん、ごめんなさい。


敏子の頬をひっぱたいた。「ぺしっ!」。漫画なんかだと「パチン!とかビシッ!」ですが、「ぺしっ!」っと叩いた。
「いてえな。ナニすんだよ!アタシがオマエのこと好きなわけねえだろ!ばか!ばか!バカバカ!」
泣き出す敏子。カウンターに突っ伏して大声でわめきだした。
オマエのことなんか、オマエのことなんか、、ちっとも、、えーん(泣)」
マスターがなぐさめても泣く泣く。ずっと泣き続ける敏子。
さすがにまいった。マズイと思った。どうすればいいかわかんないし。
とりあえず謝るしかない。「ゴメン」「ゴメンね」「ゴメンなさい」
何回謝ったのか?何分謝ったのか?生涯最多の「ゴメン」連続記録樹立!
さすがに泣き止んだ。するといきなり立ち上がり、
「アタシ帰る!もう帰る!」と言っていきなり店を出てってしまった。
後を追いかける、「待てよ!ゴメン、ゴメン、怒るなよ。」
「ぶたれた。ひどい。許さないから。」
「オマエが悪いんだろ、人をおちょくるから」
「ほら!全然反省してないじゃん。いつも口ばっか。」
「わかったよ。どうすりゃいいのよ?」
「じゃあ、家まで送って!」
敏子が差し出した右手を左手でしっかり握ってやった。そう、そのとき初めて敏子の手を握った。
赤ちゃんのようにぷよぷよで、ふっくらしてて、ちょっとデカイ?手だった。
店から敏子の家までは電車で2駅あるのですが、二人で手をつないで歩いて帰りました。
いろんな話をしましたね。学校のこととか、親のこととか、好きな食べ物とか、手が冷たくなったら体を入れ替えてつなぐ手を変えてね。
かなり歩いたはずでしたが、あっと言う間でした。通っていた小学校のすぐそばに敏子の家はありました。お別れです。
「さっきのお返し。」と言って敏子が私の頬をはたきました。
「おあいこだよ。」「おあいこだね。」「じゃあね。」「バイバイ。」
普通に今までと変わらず、にっこり笑って玄関に消えていきました。
手紙のことは忘れていました。帰りは電車に乗りました。結構混んでて暖かかった。
『ベル』は閉まってました。チョコと手紙、おきっぱなしでした。
まあ冗談だったわけですから、別にわざわざ取りに行くこともないですし。
ディスコだ、麻雀だ、スキー旅行だと、バカ騒ぎして高校生活を終えました。
敏子から絵葉書が届きました。住所が高知県高岡郡に変わっていました。
内容は「こっちは暖かいよー。元気でねー。」みたいな素っ気無いものでした。
チョコと手紙、冗談だったはずなのですが、引越す事だけはホントだったんですね。
あとの内容は果たしてどうだったのでしょうね?
敏子は翌年、高知の「いごっそう」と結婚しました。(デキ婚です。いごっそう恐るべし)
                      おしまい